
脳卒中は、高齢者に多くみられる代表的な脳の病気です。ある日突然発症し、命が助かったとしても、体や心に後遺症が残ることが多く、その後の暮らしに大きな影響を与えます。
特に高齢者では、筋力や体力の回復に時間がかかるため、自分ひとりでできていた生活が難しくなり、家族の介護が必要になることも少なくありません。
「手助けしたいけれど、どう接したらいいのかわからない」「本人もつらそうで、家族も心が折れそう…」そんな悩みを抱える方も多いでしょう。
本記事では、理学療法士の視点から、脳卒中後の後遺症についての理解と、自宅での介護のポイントを具体的にお伝えします。
脳卒中とは?:種類と後遺症の理解

脳卒中は、脳の血管にトラブルが起こることで発症する病気です。以下におもな種類とその後遺症を紹介します。
脳卒中の種類
- 脳梗塞:脳の血管が詰まり、血流が止まって脳細胞がダメージを受ける。
- 脳出血:血管が破れて脳の中に出血し、脳が圧迫される。
- くも膜下出血:脳を包む膜(くも膜下腔)に血液がたまり、急激な頭痛や意識障害を起こす。
脳卒中の後遺症
- 片麻痺(右または左半身が動きにくい)
- 構音障害(言葉をうまく発音できない)
- 嚥下障害(食べ物や飲み物をうまく飲み込めない)
- 感覚障害(しびれ、痛み、鈍さなど)
- 複視(ものが二重に見える)
また、以下のような高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)と呼ばれる症状がみられることもあります。
- 失語(言葉が出ない)
- 失行(頭でわかっていても上手く動けない)
- 半側空間失認(一方の側がわからない)
- 感情失禁(怒りや悲しみなどの感情をうまくコントロールできない)
- 認知障害(記憶や注意力の低下)
高齢者の場合、もともとの筋力や認知機能の低下があるため、若い人に比べて回復に時間がかかることが多いです。そのため、家族や周囲の理解と支援がとても重要になります。
後遺症がもたらす生活への影響

脳卒中による後遺症は、日常生活のあらゆる場面に影響を及ぼします。以下におもな症状とその影響を紹介します。
運動麻痺による生活動作の制限
例えば、片麻痺があると以下のような動作が難しくなります。
- ベッドからの起き上がり
- トイレへの移動
- 食事や歯磨きなどの手作業
- 入浴や着替えなどの身だしなみ
これにより、自立した生活が困難になり、介助が必要な場面が増えます。
高次脳機能障害や認知機能の変化
記憶力の低下や注意力の欠如によって、以下のような困難が生じます。
- 同じことを何度も聞く
- 火の消し忘れなどの危険な行動
- 感情のコントロールが難しくなり、急に怒ったり落ち込んだりする
これらは一見「わがまま」「性格の問題」にも見えてしまいますが、脳の機能障害によるものであり、適切な対応が必要です。
嚥下障害・構音障害による孤立
嚥下障害があると、食事中にむせやすく、誤嚥(食べ物が気管に入ること)による肺炎のリスクも高まります。構音障害により、話すことが難しくなると、会話が減って本人の社会的な孤立やうつ状態にもつながりやすくなります。
精神的な影響と家族のストレス
本人が「できない自分」に対してショックを受け、意欲を失ったり、うつ状態になったりすることもあります。それに伴い、介護をする家族も気持ちが沈みやすく、共倒れになるケースも少なくありません。
理学療法士が伝えたい介護の工夫

理学療法士として、多くの脳卒中の方を支援する中で感じるのは、「家庭でのかかわり方によっても、回復のスピードや意欲が変わる」ということです。
以下に、家庭で実践できる介護の工夫を紹介します。
片麻痺側に配慮した動作介助
注意が向きやすいよう麻痺がない側から介助する内容を具体的に伝えましょう。また介助者自身も姿勢やバランスを安定させて一緒に転倒してしまわないよう注意が必要です。
歩行介助

イラスト:OTナガミネ
- 介助者の立ち位置:麻痺側に寄り添い、必要に応じて脇の下を軽く支える
- 歩行手順:麻痺側の足から進み、次に麻痺のない足を出す
- 杖の使用時:杖⇒麻痺側の足⇒麻痺のない足の順番で出す
※歩行が上達されてきている方の場合、杖と麻痺側の足を同時に出す
移乗介助

イラスト:OTナガミネ
- 車椅子設置:麻痺のない側に車椅子を設置する。この時できれば、15~30度の角度を保つようにしましょう。
- 介助者の立ち位置:麻痺側からバランスを崩したときに支えられるように立つ。
- 手順:お尻を少し前にずらしてから、麻痺のない足を軸に車いすに腰をかけてもらう。麻痺側の足に力が入りづらい場合は、立ち上がった際に膝が曲がらないようサポートする。
起き上がり介助

イラスト:OTナガミネ
- 支え方:片手で肩や頭を支え、必要に応じてもう一方の手で「足をベッドから降ろす」「身体を起こす」動きをサポートする。
- 麻痺のない手の利用:麻痺のない手でベッドに手をつく、ベッド柵につかまるなどして力を入れてもらう。
- 肘の利用:肘を支点に、ゆっくりと身体を起こしてもらう。
食事介助

イラスト:OTナガミネ
- 半側空間失認(一方の側がわからない)がある場合、麻痺のない側に配膳する
これらの介助方法は一般的な例となります。脳の障害部位や回復の過程によって症状の現れ方はさまざまですので、その方に最適な介助方法は担当のリハビリ専門職(理学療法士・作業療法士・言語聴覚士)に確認することをおすすめします。
「できることは自分で」自立支援のための声かけ・工夫
- 「できることを続ける」「できそうなことに挑戦する」機会を日常の中でつくる
- 例えば、服のボタンを一緒にとめる、箸を持って一口でも食べる、靴下を片方だけでも履くなど、その方の状態に合わせて、部分的にできることを繰り返し行うことが自信にもつながります
「できない」ではなく「できることを増やす」関わり方
- 日常生活の動作は練習すれば片手でできるようになるものも多くあります
- 失敗しても責めず、「」やってみよう」「一緒にやろう」といった前向きな声かけが重要です
- 成功体験が、ご本人の「もう少し頑張ってみよう」という気持ちを引き出します
介護しすぎない勇気
- つい何でもやってあげたくなりますが、過剰な介護は回復の妨げにもなります
- 見守る、待つ、やらせてみる——これも大切な支援です
介護者が疲れないために|頼っていい、休んでいい

介護を続けていくには、「介護する側の心と体の健康」も守ることが欠かせません。
身体的・心理的な負担
介助動作(移乗、入浴介助など)は腰や肩に負担がかかりやすく、体を痛める原因にもなります。また、「思ったように回復しない」「自分の時間がない」といったストレスが積もると、介護うつを発症するリスクにもつながります。
介護保険サービスの活用
- デイサービス:日中の介護を専門家に任せることで、介護者は休息や外出ができます
- 訪問リハビリ:理学療法士などが自宅に来て、個別のリハビリを提供してくれます
- ショートステイ:数日間の宿泊介護で、介護者が一時的に休めるサービスです
頼れる支援先を知っておく
- 市区町村の地域包括支援センター
- ケアマネージャー(介護保険の専門家)
- かかりつけ医や訪問看護師
誰かに話すことで、状況が整理されたり、新しい情報を得られたりすることもあります。「つらいです」と言っていいのです。
まとめ|できることを見つけ、支え合う介護へ
脳卒中後の生活は、決して平坦な道のりではありません。けれども、できることをひとつずつ積み重ねることで、少しずつでも前に進むことは可能です。
介護者に求められるのは、「全部を支える」ことではなく、「その人らしさを支える」こと。理学療法士として、ご家族の方に一番伝えたいのは、一人で頑張りすぎず、支援の輪を広げることです。
そして、日々の中で見つかる小さな「できた」を、ぜひご本人と一緒に喜んでください。それが、回復の大きな手助けになります。